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PCパーツの歴史

PC/AT互換機が生んだ革新

 

PCパーツの歴史はIBM PC/AT互換機の誕生から始まったと言っても過言ではありません。今では当たり前のようにPCパーツを買って、付け替えたり、自分のPCを作ることができますが、昔は違いました。PC/AT互換機が登場するまで、各PCメーカーが独自のアーキテクチャのPCを作り上げ独自のパーツを使っていた上に、同じメーカーのPC同士でもPCパーツの互換性が無く、PCパーツと言うと特定のメーカー製PCが壊れた時に付け替えるための修理用パーツに過ぎませんでした。しかし、PC/AT互換機と呼ばれる共通の規格に基づいてつくられたPCが普及したことで、PCパーツの歴史が動き出します。そのIBM PC/AT互換機の規格に合わせたPCパーツが出まわるようになり、互換機同士でパーツを交換できるようになり、互換機用のPCパーツが販売されるようになったのです。その結果、自分の用途に合わせて部分的に性能を強化したり、逆に安価なパーツを使って安価なPCを作ったりすることも可能になります。こうした需要が増えてきた事で、さまざまなメーカーがPCパーツの開発に参入するようになり、PCパーツの種類や品質が向上していくことになります。

 

DOS/Vから始まる日本のPCパーツの歴史

 

海外ではPC/AT互換機の始まりとPCパーツ業界の歴史の始まりは同じタイミングですが、日本では違いました。日本では日本語環境に対応したNECのPC-9801シリーズが普及しており、日本語が使えない海外製PCパーツの需要は極めて低かったのです。しかし、DOS/VというPC/AT互換機に使えるOSの登場で状況が変わります。DOS/V上で日本語のソフトウェアを動かすようにすることで、ハードウェア側で日本語に対応させる必要が無くなりました。これにより、PCパーツの開発でも日本用と海外用を分ける必要がなくなり、開発環境が整い始めます。日本のPCメーカーもPC/AT互換機とDOS/Vに合わせたPCパーツやソフトウェアを作るようになり、日本のPCパーツ市場も秋葉原を中心に拡大していきました。

 

Pentiumによる高性能化

 

それでもNECのPC-9801シリーズが(世界的には割高でしたが)十分に高性能だったため、大部分のユーザーがPC-9801シリーズを継続して使っていてPCパーツ市場も緩やかな広がりだったのです。ところが、Intel Pentiumの登場はCPUの歴史的にも、PCパーツの全体の歴史的にも驚くべきものでした。PentiumにはPC/AT互換機用のマザーボードがすぐに供給され、価格に比べて圧倒的な性能を誇り、コストパフォーマンスで今までのCPUを大きく凌駕していたのです。それまではパーツの性能が良くてもCPUがボトルネックになることもあったのですが、この瞬間からCPUよりもそれ以外のPCパーツ側の性能がCPUに追いつかなくなります。今まではPCメーカーに特注していた業務用の高性能PCもPentiumを搭載したPCによって代用できるようになり、あらゆるPCにPentiumが搭載されるようになりました。さらに、PCの心臓ともいえるCPUがPentiumに統一され始めた事で、その周囲を構成するPCパーツもPentiumに合わせたものとなります。こうして、PCのアーキテクチャはPC/AT。オペレーティングシステムはDOS/V。そして、CPUはPentiumに統一された時期が一定期間続き、PCパーツを作る側も選ぶ方も互換性を気にせず選べるようになり、PCパーツ業界が今の形に発展する大きなきっかけとなったのです。